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【DartsBar.16】SACRAMENT【広島県福山市編②】

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2018.06.08 Fri.

広島県福山市編②

 ……初めてダーツを投げた時の事を皆様は覚えているだろうか?
 まったくもって初めての時、ということである。ダーツを持ち、ボードに投げた時である。いつだっただろうかと考える。志を持って、ダーツを投げ始めた事は覚えているだろう。私もそうだ。

 実は私もかすかな記憶で、正しく一番最初の時を覚えていない。どこかのボーリング場の片隅にあったダーツマシンで、大学時代の仲間と投げたような気もするし、地元のプールバーにポツンとあったマシンだったかもしれない。もしくは友達の家に飾られていたボードに投げたような気もする。学ランを脱ぎ捨てて、ゲームセンターの一角で投げたような気がしなくもない。確信を持って、ここだ、といえるような初めてのダーツ体験を説明できない。
 ただ、志高くダーツを始めた時は覚えている。ダーツをやってみよう、ダーツが好きだと。
 おそらく、そういうタイミングを持っているプレイヤーは多いのではないだろうか。志や決意を持って、ダーツを投げ始めるという事があったからこそ、今がある。
 ダーツに情熱を感じ、ダーツが好きで、気が付いたら何時間も投げてしまっているような時が。終電がなくなってしまうほど投げ込んでみたり、逆に始発が動き出している時間になっていたり。仕事帰りにわざわざ時間を見つけては寄ってしまうダーツ。休みの日は「今日は12時間投げられるぞ」などと、一般的に考えて頭のネジが2本ほど外れているような事を普通に思ったり。動画を見続けたり、ショップやオンラインショップをずっと見ていたり、試投げをしてダーツを選んだり。
 それゆえに、「ダーツプレイヤー」は「ダーツプレイヤー」なのである。

 私はこれを「ダーツから洗礼を受けた状態」と思っている。

 広島県福山市という街は、ダーツの街といっても過言ではないとさえ思う。ダーツバーも思ったより多く、またプレイヤーも多い。お会いするお客様みんなダーツが好きなのだ。ダーツバーに行ってるんだから当たり前だろうといわれかねないが、私見でもあるが、ダーツバーに行くとたまに会う「ツンデレタイプ」の方がいる。「ダーツバーきてもダーツ投げない!!」「ダーツ、別に好きじゃないし!!」という感じの方もいたりすることがあるが、私はそれはそれでいいと思っている。ダーツバーだからダーツを投げないといけないという法律は日本にはない。それにダーツを越えるほど、そのお店、スタッフさんオーナーさんが魅力的な証拠である。
 ただ、ここ福山市のお客様は皆、素直に「ダーツが好きだ」と、各々の形で表現しているようで気持ちがいい。もちろん全員が全員ではないと思うが、それでも楽しそうにダーツの話をしてくれる方が多い。なんて良い街なんだろうかと思う。私にとっては天国のようなところである。

洗礼を受けしプレイヤー達の為の修練場

 先ほどまで滞在した「max fukuyama」様……
http://magazine.s-darts.com/c…
 ……の窓からもうすでに、今回のお店は見えていた。スタッフさん達も「あそこです」と説明してくれ、こんなに近いところにあるのだと驚きを隠せなかった。外に出て、説明頂いていたアーケードに向かってゆく。土地勘はないものの、すぐそばに大きい駅前の交差点があり、少し進むとバスロータリーがみえて、福山駅前に行く事がわかった。こちらも駅からはとても近い場所にある。
 ダーツバーの立地は駅から割と歩く場所にあるイメージがあったが、こんなに近くにあるとなると、この店からこの店といった感じに梯子する事が出来る。お店同士やお客様同士の交流が多いだろうと感じる事ができて、とてもいい。ダーツでつながる人と人とはなんと素敵なのだろうか。
 アーケードに入ってすぐの楽器屋さんの入ったビルの前にイーゼルがある。ここの上かと見上げ、エレベータに乗りこんでゆく。今回は、4人で行動だったのが5人になった。また、体格のいい人ばかりというのもあって、大事を取って、我々は二回に分けてエレベーターに乗り込んだ。エレベーターが鳴ったら恥ずかしい。
 エレベーターを降りると、目の前の壁一面に6周年イベントのポスターが貼られている。エレベータホールの静寂がよりインパクトを与えてくれる。まるで宇宙船から、別の惑星に降り立ったかのような非現実感により、胸の高鳴りが止まらない。そして、その右手に、教会を彷彿とさせる大きな木製の扉がある。神聖な場所に入る、そんな印象を受ける。

 神聖な教会然とした、大きな木製の扉を開けると、エレベーターホールの静寂を突き破るように、にぎやかなお客様の笑い声や、ダーツマシンの効果音が封印を解かれたかのように、飛び込んできた。すでに多数のお客様がいらっしゃる状態である。
 目の前にハードボードが置かれていたが、今日は使用されている形跡はない。普段はご利用になられるお客様がいる事だろうと思うくらいの使いこまれた印象があった。
 少しずつ歩みを店内に進めていくと、懐かしいギャラクシー2が合計4台、フェニックスが2台並んでいる。とても広い。テーブル席も多く、人も多いため数える事が難しい。ダーツの祭りが始まる前夜という感じで鳥肌が立ってくる。神々しいまでにライトアップされており、まるで教会の何か有難い展示物のような雰囲気さえ感じる。私自身は、都合がいい時だけ神頼みするような罰当たり者であるため、上手く形容できずもどかしい気持ちで筆を走らせている。ただ、その神々しい姿に見とれるばかりである。
 もちろん、遠征してきたプロプレイヤーも多いが、一般のお客様も非常に多かった。皆、それぞれ思い思いにダーツを楽しんでいたり、試合に向けて調整や練習している様子であった。とてもにぎやかで、しかしふざけている様子はみじんもなく、真剣にダーツに取り組んでいる姿であった。おそらく普段からそうなのであろう。今日が特別試合前だからという事はないはずだ。

 私たちは奥の方に、幸運にも1台残っていたギャラクシー2の前のテーブル席に陣取らせてもらった。隣のギャラクシーでは、東京から遠征中の知り合いのプロプレイヤー達が「バミューダトライアングル」で練習している。挨拶をして、再会を喜び合った。中々渋いゲームで練習しているなと思ったが、これもこういうマシンの醍醐味である。中にはパーティーゲームやプラクティスメニューをほとんどしない人もいるが、これが中々良い練習になる事が多い。スキルを磨くにはこういうゲームの存在は不可欠である。
 早速本日二度目の乾杯となった。私たちの中にも二人ほど、明日試合のプレイヤーがいたので、練習しようと同じようにプラクティスメニューを漁ってゆくことにした。私は試合に出ないのだが、こんなプロに混ざって練習できる機会など滅多にお目にかかれるものではないので、進んで参加させていただいた。
 
 プロツアーが開催される街のダーツバーには、プロの選手が前日の調整や練習で訪れる事が多い。ファンにとっては選手に会える絶好の機会となる。もし、皆さまの街のそばで試合が開催されるようなら、訪ねてみるといい。思ったより多くの人に会える。もちろんプロ選手も遠征の際は、近隣のダーツバーを伺ってみるのがいいだろう。一流の選手ほど前日の準備がしっかりしていて、コンディションをうまくコントロールしているのだという仮説が私にはあって、こうして前日にどういう風に投げているのか見るのも好きである。勉強になる事が多い。某ダーツの神様と呼ばれている世界最高の選手は「なによりも練習」と言っていた。神様も一日8時間は練習するという。なによりも練習。わかってはいるのだが、難しい問題でもある。なにせ、私たちには一日24時間しかないのだ。仕事をし、生活をする時間も必要なので、余程の情熱を傾けなければ神様には到底たどりつけない。そんななか一日のほとんどの時間をダーツにささげている神様。
 ……まるで神様が神様にお祈りしているようだ。そう考えると、神は存在するのだろうかと考えてしまう。
 「ゴッチャって知っているか?」後輩の私は先輩プロたちに言われる。実際遊んだ事のないゲームだと思ったが、やってみると同じようなゲームをした事があった気がする。遊んでいるようで、練習している。勘違いされやすいが、真剣なのだ。
 ダーツはもともと遊びであり、現在もそれ以上でもそれ以下でもない。もちろんスポーツであるとも確信がある。ビリヤード、ゴルフなど母国を一緒にするスポーツもそうである。野球やサッカー、バスケでさえ、スポーツであるし、もちろん遊びの一つである。
 練習する姿は祈りに似ている。決まったナンバーをただひたすら多く、きれいに、何本も入れる練習をする。その姿は、世界各国にある八百万の神様にお祈りするが如く同じ行動を繰り返す。お百度参りさながら、ひたすらマシンやボードに向かい同じ事を繰り返す祈り。その祈りが通じるならば、思ったようにダーツを操る事ができるようになるのかもしれない。
 よって「プレイヤー(Player)」は「プレイヤー(Prayer)」なのかもしれない。
 サクラメント様は、その名前からそれを教えてくれる。人生と同じで、ダーツも、祈り、努力し、解放される時を待つということかもしれない。
 そう思って名付けられたのではないだろうかと思ってしまう。

 人生、上手くいかない事ばかりだ。思った通りに生きて行ける人など、この地球上に何人いるのか。それでも我々は生きていて、苦しみ、悲しみ、怒る事もあるだろう。そして同時に、どうにか良い方向へと進むように、夢を見て、希望を持ち、志すものがある。
 ……それがたまたまダーツだった、というだけである。そういう運命にダーツプレイヤーはあったというだけである。
 情熱を感じ、取り組む事が出来る事は人によって違う。私たちはたまたまダーツだったというだけだ。
 サクラメント様は、そんな私たちの「教会」なのだ。広島県福山市にある「ダーツの教会」である。迷い、悩み、救いを求めて訪れ、許され、救われ、情熱を取り戻し、またダーツの道をひたすらに走ってゆく事が出来るようにしてくれるお店である。
 まさに「プレイヤーにとってダーツとは人生である」と認めてくれるお店ではないだろうか。
 なんだか私は、救われたような気持ちがするほど体温が緩やかに高くなっていくのを感じた。

 広島県福山市に行ったら訪ねてみてほしい。ダーツや、人生に迷った時に、自分の中にある情熱か何かがまた蘇り、進んでいけるようにしてくれる。
 ダーツにおけるサクラメントを、こちらのサクラメント様で体験する事が出来るに違いない。

【To be continued...】

SACRAMENT
広島県福山市元町12-17 元町ビル5F
084-927-8044

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