【DartsBar.21】DINER&BAR Flip Flop【大宮駅】
JR大宮駅
「一日を大切にせよ。その差が、人生の差につながる」とデカルトは言った。大切にするとは、つまりどういう事であろうかと考える。辞書で引くと大切とは「丁寧に扱って、大事にするさま」とある。様々な種類の辞書があると思うが、大まかにはこういった内容である。どれを引いても大体同じになる。
一日を大切にする方法は人それぞれである。一日は24時間である。たとえばこの一日をしっかり時間ごとに管理し、一時間、もっというと分刻みでスケジュールを組み、予め定めた何かしらを遂行していく人も、その人の大切にするやり方だろう。それとはまた別に、まったく時間で刻まず、その日起こった事を大切にしていくという人もいる。後者の方が何となく自由度が高く、憧れる。
しかし現代の社会人の私たちは、ほとんどにおいて時間に管理されている。以前に書いた「時間は不完全ではないか」という持論を武器にしたところで、結局抗えない事実である。不完全だと言ったところで、過去に偉人達によって定められた時計の秒針がひとつ動くと、それは共通して「1秒」となってしまうのだ。
実際一日24時間しかない我々の日常において、一日1時間を何かの為に捻出すると、一年で365時間という自由時間が発生する事になる。これはおよそ15日分に相当する時間である。一年一生懸命一時間を捻出し、自由な15日分の時間を作りだすのがいいのか、それともその程度ならばわざわざ作り出さずに「今、この瞬間」を大切にしていくのがいいのか、未だに答えは出ないままであるし、人それぞれでもあるし、ケースバイケースであることも確かなのだが。
……そうだ、ダーツバーへ行こう。
大宮駅は埼玉県最大のターミナル駅である。私も十何年も前よりかなり利用する機会に恵まれている。行ったか行かなかったかも定かではないような学生時代に埼玉県に住んでいた事もあり、割と親近感がある場所でもある。都心からも遠い印象はほとんどない。東北新幹線も止まり、北からの玄関口という印象も強い。……もしかすると本当は都心から遠いのかもしれないが、私の親近感や利用経験の多さで近く感じてしまっているのかもしれない。
駅は巨大だ。さすがターミナル駅である。しかし大宮のいい所というのは、駅を出てすぐ街が落ち着く事である。改札を抜けて、西口へ向かう。駅を出て階段を下りると、すぐに小さいお店が多く、居酒屋のキャッチなどが数名いて、ちょっとした飲み屋街の雰囲気が出てくる。立ち呑みが今流行っているとよく耳にするが、私はかねてより立ち呑みを利用する事が多く、トレンドだとは感じていない。客数が増えているという印象も感じないのだが、確かに今まで見かけなかった若い女性客なども増えている気がする。合コンか何かなのか、うんとオシャレをしてきれいに着飾った女性が、樽を代用したテーブルに肘を付き、串をむさぼり、ジョッキを煽っている。……うん、立ち呑みは流行っている。
少し歩いて進んでゆくと、急にビルが途切れて、駐車場が多く見受けられる。新しく開発されている区間なのかもしれない。とてもきれいに整備されている。マンションらしきもの見受けられ、こんなに大きなターミナル駅のそばに住めるとしたらすごいなと感じながら歩を進めると、新しいビルの二階に今回のお店を発見した。
「Flip Flop」様は、駅からとても近い。それに外観が素敵なお店で、先ほどの立ち呑み屋の女性は、樽のテーブルではなく、こちらのお店の雰囲気にあってたんじゃないだろうかと思っていた。
大切な一日、それは毎日。最高級和牛とトップレベルのダーツ。
エレベーターが開く。ドアからもうすでに温かい光が漏れてきていて、私の期待は最高潮に達した。お店に入ると、オープンして一年と聞いていたが、まだまだ新しい新築の、清潔な香りと雰囲気が眩しいほどに私を覆った。スタッフ様が二名様いらっしゃって、元気に声をかけてくれた。入口正面にソフトダーツマシンが3台あり、挟むように両サイドにハードボードが一面ずつある。合計5面ある。ダーツを見る、投げる、どちらの環境としても最高である。入って右手には長いカウンターがあり7席か8席か。すでに常連様らしき人が座っていて、テーブル席も10以上はある。そのひとつに、また常連様が陣取り、キープされているボトルだろう、ご自分たちの楽しみ方でダーツとお酒を楽しんでいらっしゃる。とても温かいアットホームな雰囲気を感じた。
私たちは、女性スタッフに案内され、窓のそばのテーブル席の椅子に腰かけた。オシャレな木目のテーブルである。木目というのは本当に温かい気持ちにしてくれる。間もなく、おしぼりとフェルトで出来たコースターがやってきた。このフェルトのコースターというのも、気遣いの最たるものだとも感じる。特にこの暑い季節にはうってつけである。
この日も暑かった。私は何も迷うことなく大好物を頼んだ。
とてもおいしい生だった。日本のビールではないなとは直感的に感じた。もちろん、さわやかなのど越しを感じたが、同時に、濃いというより、リッチなというかコクというか独特の味を感じるのだ。……ハイネケンだろうか。とにかく美味しい生だった。しっかりメンテナンスされているサーバーであったと思う。生ビールの味でお店の良しあしを決める人もいる。大切な事である。
私たちより一番遠いところにあるソフトの台では、常連様達がダーツをダブルスで楽しんでいる。とてもにぎやかで、かつ真剣に投げている様子がたまらない。ダーツが好きな人たちの為のお店である。作りも、配置も、何もかもである。天井も高く、解放感がある。私も投げたくなってダーツを出して立ちあがった。
台を目の前にすると気が付くが、台間がまさに適切である。隣の台を気にしないで済む距離でありながら、隣に誰がいるのかわかるような適切さである。まったく隣に気が付かない場合は、ちょっとした危ない瞬間があったりする事もある。たとえばダーツを抜いて戻ってくる時、広さに甘えて集中し過ぎて、隣のスローイングエリアに入ってしまう、などである。これは危険なので気を付けていただきたい。そしてストレスない程度に注意できるような配置なのである。
初心者の方でも、隣が気になって投げれないという方もいるのではないだろうか。遥か昔の私も初心者だったのだが、気になってしまって投げにくいと思う経験をした事が幾度かあった。初心者とは自分の実力に自信が持てないものだから、より周りが気になってしまうものである。隣にいる人にぶつからないか、寄り過ぎて舌打ちされないかの不安が付いて回るのである。しかし、ありえないだろう。こちらのお店はダーツの配置においてすべてが「調度よく」また「適切」である。初心者だと思う人こそ、こういう環境でダーツに集中してもらいたいと思う。
とても嬉しいのは、投げ放題であるという事だろう。以前も書いたかもしれないが、ちょっと前まではインカム(マシンにお金を入れる)じゃないとダーツはうまくならない、空投げや、投げ放題でうまくなる奴などいないという説がダーツバー業界では言われていたのだが、それから数年、このご時世そんな事も太古昔の「つばを付けておけば擦りキズが治る」というのとあまり変わらない信憑性に感じてくる。
投げ放題で何時間も練習し、プロになった人もいるだろうと思う。空投げはさすがにお店にも、お店のお客様にも迷惑になる事が多いので、ゲームを始める数スローくらいはいいだろうが、それで練習というのもなんだかなぁと思う。
時間が進むにつれて次々とお客様が増えてくる。スタッフ様のいらっしゃいという声の頻度が多くなっていく。中にはお客様同士知り合いで挨拶したり、店内はにぎやかになり、三台もあるのに、すぐに順番待ちになるほどの繁盛ぶりだった。ダーツが好きな人が集まるダーツバーは、とても幸せだ。ダーツをカウントアップ中心に、何ゲームも投げていたが、投げたい人もいるかと思い、テーブルに戻り座った途端に……
……おなかがすいてきた。
こちらのフリップフロップ様は「佐賀牛」の正式な取扱店様である。取扱指定制度があるほどの和牛である。それを証明する表示が店内で確認できた。つまりその表示がないお店では「佐賀牛」を頂く事が出来ないのである。私はそれほどお肉に詳しいわけではないが、その「佐賀牛」なるものがどれほどなのか、財布と相談しながら恐る恐る頼んでみた。
メニューで確認してみると、それほど高くない金額であった。私も、私の財布もひと安心といった所だった。よく考えてみると、このようなしっかりとした表示のある所で、由緒正しき和牛を食べた記憶や経験が少ない。当然である。もちろん、たまにラッキーがあり、ちょっと高級な焼き肉屋さんに行って、頂く事もあったが、ステーキとして食べる事は無かった。数枚の焼き肉を食べてきただけである。
ステーキカット用のナイフとフォークが先に運ばれてきて、どんどん期待値が上がってゆく。胸が高鳴るのがわかる。何となく遠いキッチンの向こうでじゅうじゅうと佐賀牛が焼ける音がしているような気がして、落ち着きがなくなっている事に気が付いて、自分の膝を手で押さえた。落ち着きのなさは、足に出るものである。
目の前に運ばれてきた肉の塊が、わざとらしいほどに湯気を立てている。「もし中が冷たかったり、鉄板が冷たかったら言ってください」と優し言葉とともにスタッフ様が目の前においてくれた。
私はその佐賀牛A5ランクの塊200gにナイフを入れた。なんとなく自分の身が切られるような気持ちに少しなった。塊を食べやすいサイズにスライスし、断面を見てみる。その中心部分だけ、妖艶な赤が残り、きれいなグラデーションで焼き加減を教えてくれる。そして、閉じ込められている肉汁が、スーと音もたてずに流れ出てくるのである。見ているだけでも幸せな気持ちになる断面に、魂を吸い取られてしまって、少しの間フリーズした。
一切れを口に入れて、咀嚼すると驚いた。非常に柔らかく、非常にジューシーなのである。むしろ歯を必要としないほどの柔らかさである。噛むごとに、肉汁があふれてとても甘いのである。とても甘い蜜が、繊維から溢れ出してくる。ナイフで切り分けて食べやすいようにしてしまった事を私は後悔した。もしかすると切っている段階で、肉汁がこぼれて喪失してしまったのではないかと心配でたまらなくなるほど美味しいのである。
何かで「本当に美味しい和牛は甘い」と聞いていたが、本当だった。加糖したかの如く甘いのである。加糖したといったが、そんなにわざとらしいものでもないが、とてつもなく甘い。自然な甘さ、そして牛肉が本来持つ大地の味がしっかりとある。和牛の食感と味は、まるでフルーツである。豊かな大地を糧に育った樹木に、もしかすると「和牛」という名の果実がなっていて、それを食べているのではないだろうかと思うほどである。まさにフルーツのようだ、美味しい和牛とはこういう味がするのだろう。
……私は明日から「好きな果物は?」と聞かれたら「和牛です」と、とてもハッキリお答えすることだろう。
とはいえ、私の表現はくどいが、お肉自体はくどいわけではない。ソースの味が意外にもさっぱりとさせてくれる。グレービーソースだと思う。しかしソースが何か全く分からなくなるほど佐賀牛の味が際立っているのである。私は完全に混乱していた。本当に美味しい肉とは、ここまでなのかと、我が舌を、そして味覚を感じ分析しているであろう脳を、すべての感覚を疑った。鼻から抜ける香ばしい大地の香りと、口の中の、フルーツにも似た甘い香りがどんどん私の思考を停止させてゆく。いくら食べてももっと食べたいという禁断症状にも似た感覚が、食中既に私を襲っていた。
かねてより、赤身のお肉には幸せ成分が入っているので、肉を食べると多幸感に包まれると聞き、気持ちが滅入ってしまった時などに食すと良いと伺っていた。もし何かあって、ダーツや人生に絶望したり疲れた時はは、こういったとてもいいお肉を無理してでも食べるといいだろう。ポジティブな人は肉を良く食べているのだろう。
そして何よりフリップフロップ様の和牛は、我々ダーツプレイヤーにも手が届きやすい価格設定であった。はたして、儲けがあるのか、と逆に心配するほどである。
一つの塊、もはや果実とも言うべき「佐賀牛」を食べ終わって、私の体に吸収され始めると、私の中から闘志がわき起こってくる。ダーツをする気になってくるのである。そんな雰囲気を察したのか、スタッフ様がマッチングをしてくれた。新しい出会いをもたらしてくれるのがダーツバーであり、ダーツである。
ダーツのレベルも、もちろんこれほどのお客様がいるのだから、様々である。もちろん調度いい人をマッチングしているのだと確信が持てる。安心して遊べるダーツバーである。うまい人もそうじゃない人も、同じ気持ちでダーツに取り組んでいるというのは素晴らしい事である。腕に覚えがある人は、プロも在籍しているし、お客様にもいるだろうから、どんどん挑戦していくといい。自分をより高いレベルに連れてってくれるのは、いつも自分より少しでもうまい人である。
先ほど私に佐賀牛を運んでくれたスタッフ様、この方もプロである。お客様と一緒に投げたり、アドバイスを差し上げたりと、こちらのお店のダーツへの本気度が見えてくる。
こちらにはトッププロも在籍している事は言うまでもないくらい有名だろう。スポンサードしているのはもちろん、お店にほとんど必ずと言っていいほど、トッププロが出勤されているのである。SNSなどで出勤表などがアップされていると思うのでチェックするとお目当ての人に会いに行ける可能性が高い。
初心者や私のようにうまくなりたいのに、中々うまくなれないような人の強力な味方になるに違いない。
今週末に、一周年記念のハウストーナメントが開催されるようだ。成熟しているお店だと感じたこともあるが、一年という時間しかたっていないのが不思議な気がする。きっと大盛り上がりするに違いない。
当日はトーナメントだけではなく、トッププロによるダーツレッスンも開催されるようである。このような機会は中々恵まれるものではない。このコラムがアップされた二日後に開催なので、遅く読んでしまった人には申し訳ないが、こんなチャンスもある。
とはいえ、こういった何気ない日の締めくくりでさえ、幸せな気持ちにさせてくれるお店はすばらしい。
私だったら近所に住んでいたり、大宮駅を毎日利用するようだとしたら、毎日通ってしまうだろうなと思えるお店だった。一日一日が明日を創る。毎日が大切な日だ。とはいえ何もギチギチに分刻みで予定を入れて無理やり充実させる必要はない。それは充実だと私は考えない。隙間を埋めているだけである。もし私が、先ほど食べた佐賀牛を10分で食せといわれても、断って自分のペースで食べるだろう。とかいいながら、美味しすぎて10分以内に食べきってしまそうで恐ろしいほど美味しいお肉だ。
時間など曖昧なものだ。表見的には正確であったとして、実際は人によって相対的に時間が違うのだから。数えるより、質が重要なのではないだろうか。しかし曖昧とはいえ、確実に過ぎ去っていくのも確かである。
お店は「人」で出来上がっていると私は思っている。作った人、やっている人、通う人、関わる人すべてでお店は成り立っているのだと思う。だからこそ、スタッフ様を囲みお客様が集まるこのお店の素晴らしさに感動する。皆様にとってここは「家」のようなところなのかもしれない。
一日一日を大切に、フリップフロップ様は一周年を迎えられる。これを機にお店を覗いてみてはいかがだろうか。
「和牛」という名の果実とトッププロと常連様達のダーツがあなたを幸せにしてくれると、断言する。
Flip Flop
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