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【DartsBar.22】Tres Flechas【ときわ台駅】

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2018.07.20 Fri.

東武東上線ときわ台駅

 「人生の前半は、活力があるのにチャンスがない。
         人生の後半は、チャンスがあるのに活力がない」
 小さい頃に、我々世代の方なら少しふれた事があるだろう、冒険譚の作者の言葉だ。児童書として学校の図書室に置いてあったと思うし、アニメになって放送もされていただろう。その作品の主人公の名前や、内容や行動は、映画、小説、歌詞など様々な作品に引用される。丁度、その主人公と同じくらいの年齢の時に見た気がする。主人公の活躍に憧れて、そうなりたいと願ったものである。
 その作者の言う通りだったとした時に、私のように人生折り返し真っ只中のような年齢になると、どっちになるのかがわからない。人生は前半なのであろうか、それとも調度終わって後半に入ったのだろうか、と。何歳で死ぬと明確にわかっていないので、もしかすると既に後半に入っているかもしれない。何なら明日には死んでしまっている懼れだって無くはない。逆に、まだまだとばかりに今の年齢の三倍は生きるかもしれない。
 とりあえずだが、活力も以前よりなければ体力も落ちてきている自覚がある。連日の気温の高さにひぃひぃ言って今にもぶっ倒れてしまいそうである。まだまだ若いじゃないですかと年下に言われると頭にくるくらいに、歳を重ねたという自覚はある。とはいえ、チャンスがあるかと思えば、それもそうでもない。気の持ちようで、すべてがチャンスに見え、同時にピンチでもある。「ピンチはチャンスだ」という明治の偉大な経営者の言葉があったが、逆もまた然り「チャンスはピンチ」でもある。
 人生の前半だという自覚はないが、後半になったという程チャンスもないような気がする。
 
 ……そうだ、ダーツバーに行こう。

 基本的に活力も多くなく、チャンスも少ない私たちは仕事をしていて、仕事の都合で思ったより時間は自由にならない。誰もみなそうだ。仕事で時間がおしてしまう事もあるだろう。そんな時お得意の乗り換え検索をすると、げんなりとする事もある。また、リーグ戦や約束などがあった場合などは、よりである。以前もどこかで無視をして全力で乗り継いで、お店にいった事があったが、今回は途中下車をしてバスに乗った。……冒険である。電車で乗り換えて行くよりも、バスの方が直接向かえて、何より運賃が安かった。電車に乗っていく片道程の運賃で、バスならば往復できるくらいだった。バスの方が混雑などで遅れる可能性があるとはいえ、乗り換えの移動に要する時間を少なく見積もって(全力で最短を走り抜けて)も、バスの方が圧倒的早い計算だったのだ。
 電車で乗り換え一回の場所まで、座ったままで到着出来るのは最高である。バスから見る街の景色はとても興味深かった。いつもは電車の速い流れる景色なのだが、バスはゆっくりと景色が流れてゆくのだ。こんなところに、こんなものがあったのかという発見もあり、なんだか前述の物語の主人公の冒険のような気分になりながら、いかだのようにバスは進んでいく。
 ……もう車窓から見えた。本日伺うお店は、東武東上線のときわ台駅を出てすぐのところにある。バスに乗ってよかった。お店の前を通過する時に、もうここで下ろしてくれと我儘な事を思った。ここが本当に川なら、海賊ごっこをする主人公のように飛び込んでいた事だろう。
 私がバスでダーツバーに来たのは、人生で初めてだった。

偉大な男に見守られし、三本の矢

 「トレスフレッチャス」様は、そのお名前がすでにもう、ダーツバーであるという強いアイデンティティを表現している。階段を上り、ドアを開ける。とても涼しい。この日も連日同様高気温で、職場の最寄り駅のホームで倒れて運ばれている人がいたくらいである。体がよみがえるような気持ちになる。スタッフ、オーナー様が声をかけてくれる。店内はすでにお客様でにぎわい、ダーツマシンもフル稼働状態だった。
 ダーツバーであるという強いアイデンティティは、店内の隅々にまでわたって感じられる。ソフトダーツは3台、ハードボード1面である。投げ放題もやっている。壁にはダーツトーナメントのポスターや、リーグ戦のフラッグ、トロフィーなどが所狭しと並んでいる。ダーツやリーグ戦をしっかりとやっているお店であるという事が伺える。所属選手のユニフォームもかけられている。なんだか、迷い込んだ洞窟で、壁画を見つけ、歴史を感じるような気持ちになる。そしてトッププロばかりが所属しているという事にも着目していただきたい。

 カウンターが4~5席くらいで、テーブルとソファー席がたくさんある店内である。投げる場所も広く取ってあり、またカウンターからは見やすい。距離はあるが見ているという感じが投げている人には伝わらないほどの距離である。カウンター席はすでに常連様で埋まっていたので、恐縮しながら広々とソファ席に失礼した。そしてやはりビールをお願いした。暑い日に飲むビールは上手い。しかし飲み過ぎには注意である。こんな暑い日だからこそ、適度に楽しまないと、百薬の長もただの毒になってしまうだろう。
 常連様がオープン早々席を埋め、愛されているお店だとわかる。お店は「人」で出来上がっている。こういう景色は毎度毎度私にそう感じさせてくれるので最高である。人がダーツしていると、私もダーツしたくなる。伺うと安い金額で投げ放題のプランが用意されていた。迷わずお願いしカウントアップをしながらお店を感じることにした。ダーツバーだからといって無理に投げる必要はないが、投げたくなってしまうのである。皆様も同じ気持ちだろうと思う。

 広く取ってあるとはいえ、マシン間が少し狭いような印象をもったが、投げてみるとそんなことはなかった。隣の人が近い気がするだろうが、投げていてストレスに感じることはない。むしろ一人じゃないという気持ちにさせてくれる。これぞダーツバーである。投げているお客様のレベルもプロ級の人から、そうでない人もいて、にぎやかに楽しそうにダーツをしているのが印象的であった。また気が付いたのだが、ソフトドリンクをご注文のお客様も多いのである。私も昨今悪い癖でアルコールを頼んでしまうのだが、飲み過ぎてダーツどころではない騒ぎになってしまう事もある。ダーツもうまく投げれないような程である。しかし、一人でみっちりと練習する時などはソフトドリンクが多いので、そこはメリハリをつけてダーツを楽しみたいとも思っている。トレス様はオリジナルのソフトドリンクも用意されている。それこそ、ダーツバーにほとんど行った事のないプレイヤーにはオススメである。私はやはり呑み始めてしまっているので、試しにオリジナルのドリンクを飲むのは次回になってしまうなと思い、ちょっとだけ後悔をした。

 ……おなかがすいてきた。

 投げているといつもこうである。とはいえ、暑さで食欲が減退していたのだが、涼しくなって体が正常な体温に戻ってくると、内臓が目覚め出すのかもしれない。いや、ビールに刺激されてのことかもしれない。
 とにかく何か食べたいと思って、オススメを伺った。ナチョスがオススメだと聞き、もちろんそれをお願いした。私がナチョスを食べた記憶はかなり前になる。それも日本ではなかった。どこかオシャレなお店に行ってあるけれども、頼まない事も多い。久々だと思い、楽しみになった。
 トルティーヤにタコミートとサワークリームと、とてもシンプルながら奥深い様子でナチョスが現れた。これこそ最高のおつまみである。すぐにビールのお代わりをお願いした。
 外側の少し焼き色が付いている部分を、熱さに耐えながらつまみ、フォークを使ってサワークリームと、その下のタコミートを適量取り出し、載せた。これだけで芸術である。私によって持ち上げられ、宙に浮いた芸術を、そのまま一口で貪った。
 まだ熱く、ジューシーなタコミートが、サワークリームを少しずつとかしながら口の中で一つになる。そしてその食感と反比例するようにサクサクと音を立てるトルティーヤ。タコミートの甘さを引き立たせるようにサワークリームがフォローする。こんな料理、日本人には思いつかない。香ばしいトルティーヤも鼻に抜ける香りで応酬してきて、私の鼻から口まで、一気にアメリカの南の方か、メキシコ辺りにいる気分になる。
 頼んだビールが待ち遠しくなりすこしスタッフさんをせかしてしまったかもしれない。お忙しいところ申し訳ないのだが、私はビールを待ちきれない気持ちでいっぱいだった。
 このナチョスが表現する三位一体こそ、「tres flechas」様のお名前の意味、というかお店のスタンスを表現している逸品なのかもしれない。別々のものだとしても、ひとつになれば大きな力になる。私たちの手の中には「tres flechas」つまり「三本のダーツ」がある。ゆえに我々はダーツプレイヤーなのである。

 ……とても貴重なユニフォームを見せていただいた。画像をご覧いただければわかっていただける事と思う。
 ちょっと前の話だが、この国には一人のダーツプレイヤーがいた。彼は日本では圧倒的な強さを誇り、数年にわたって各トーナメントやプロツアーで活躍していた。ダーツファンならだれもが知っているあのプレイヤーだ。
 「オーガ(鬼)」と呼ばれたその男は、海を渡り、ダーツの本場イギリスにも挑戦している。PDCに出場して、本場のファンにも名前が知れ渡った日本人だった。私も羨望の眼差しで、動画や中継を見ていた記憶がある。彼の使うバレルも人気だった。私の周りでも使用しているプレイヤーが多く、何番目のモデルがいいか、名器かなどと議論される事もあったほどである。
 突然だったが、彼はこの世を去った。あまりにも早すぎる旅立ちだった。私も衝撃を隠せなかった。SNSでは彼を追悼する投稿を多く見かけ、その人となり、キャラクターをしっかりと感じた。多くの人に愛されたプレイヤーだった。美人薄命というが、いい人もまた長くこの世に留まってはくれないものだと、私も拙い人生で感じている。人生は、儚い。「人の夢」と書いて「儚い」のである。
 オーナー様は、親しかった事もあり、その偉大なプレイヤーの奥さまから「一番最初にPDCに出た時のゲームシャツ」を譲り受けた。ご本人にとっても思い出の品物であり、いつもそのオーガを感じながら日々ダーツに取り組んでいる事だろうと思う。もちろんこのシャツが、トレスフレッチャス様のお客様をいつも見守っている。お店の歴史だけでなく、ダーツの歴史も、こちらにはしっかりと刻みこまれているのである。
 儚い人生、どう生きるのかとユニフォームが問いかけてくるような気がするし、温かくこの空間を守っているような気もする。

 すべてのプレイヤーには、ダーツを始めた……というか志したきっかけや動機がある事だろう。それは人それぞれであるし、そのプレイヤーだけの大切なものである。胸の中の小さなあったかい灯火のようなものである。
 そして、たくさんのダーツバーも存在する。もちろんそれだけたくさんの、そして個性的なダーツ哲学のような何かが存在するだろう。ダーツバーを巡っていて、それを感じる事が多くある。どう考え、どうダーツに取り組んでいくのか。表見的ではないので、理解されなったり、誤解を招く事もあるだろうと思うが、確かにそれは存在する。
 すべての人が正しく理解してくれるとは限らないが、そして私自身もそうであるかはわからないのだが、ただ、それでも感じるものや、事がある。トレスフレッチャス様はとても温かく、それでいてしっかりとした哲学がある。是非足を運んでほしいものだ。まるで博物館のようでもある。壁ひとつにでも、歴史やダーツへの真摯な姿勢を感じる事が出来るだろう。
 ハウストーナメントもこの週末に開催されるそうである。トッププロも多く在籍し、歴史を感じる事が出来るこちらに訪ねてみてはいかがだろうか。ハウストーナメントは、とても気軽に入る事が出来る小さなお祭りである。近々【ハウストーナメントノススメ】を上げてみたいと思う。
 「トレスフレッチャス」様の「トレスフレッチャス」こそ、「お店(所属プロ、スタッフ、オーナー様など)」「歴史(お店がどのようにダーツをしてきたか)」そして最後に「お店に行く私たち」である。
 彼の戦国武将が言ったとされる有名な「三本の矢」の話ではないが、この三つがあればどんなことだって乗り切って行けるだろう。まさに「百万一心」である。
 スローラインに立って、セットアップした時に気が付くはずだ。投げる方ではない掌には、「トレスフレッチャス」三本のダーツがある。ゆえに我々はダーツプレイヤーなのである。
 ダーツで何か悩みがあったら、その掌のダーツを見るか、こちらのお店に来てみるといいかもしれない。視界がクリアになってくるだろう。教えてもらう事もあるだろうし、成長できる場所だと思う。
 なんせ、見守っている者の大きさがちがうのだから……。

 Tres Flechas
 東京都板橋区常盤台1-2-5 小林ビル2F
 03-6454-5101

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