【DartsBar.14】cafe NEXT【新宿御苑前駅】
丸ノ内線新宿御苑前駅
とにかく人生を「道」に例える人が多い。人生を「有限な時間」ととらえる人もまた多い。
どちらの意味も大体において一緒なのかもしれない。現実的に説得力を持つのは「時間」という考え方で、「道」は抒情的な印象がある。
政治家にも転身したあの人気プロレスラーは「危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし」とそのプロレスラー生活締めくくりの10カウントを聞いた。道なき道だとしても、その一歩が道になるのだという内容だった。まさに彼のレスラー生活の集大成の言葉であった。彼が歩いて作った道を、後輩たちがまた歩んでいるのもわかる。
スティーブ・ジョブズは「この地上で過ごせる時間には限りがあります」と前置きして、彼の考える大切な事を話した。時間は不可逆的で遡及しない。タイムマシンも、小学校のころに埋めたタイムカプセルくらいのもので、ドラえもんのソレはまだないという事が前提であるけれども。
結局、小生程度では、人生のなんたるかはわからないままである。ただ私は、仕事が終わり、グラスを傾け、ビールでのどを鳴らす事が幸せな小市民なのだ。だがしかし、それでいい。有名になり、英雄になり、人にあがめたてまつられる喜びなど、私自身がちっぽけなのでわかりかねる。
ただ、幸せを感じる事が出来る。それでいいではないか。
……そうだ、ダーツバーに行こう。
新宿という街は、巨大だ。駅の中も外の街も、である。今回は丸ノ内線で数駅行った新宿御苑前駅だったが、その手前の新宿三丁目あたりで軽く一杯ひっかけてから行こうと思い、一駅だけ電車に乗るのも、逆に億劫に感じて、新宿駅東口から外に出た。昨今の急激な気温の乱高下に、私の体は戸惑いっぱなしで、体が悲鳴を上げていた。一刻も早くビールで体の調子を戻したかった。新宿三丁目の駅周辺で御苑側に向かうように小路に入る。立ち飲み屋などの飲食店が軒を連ね、仕事帰りの人達でにぎわっている。落語が見れるところもある。新宿は本当になんでもある。一杯ひっかけてから行く予定が、どこも混雑で入店できず、そのまま約束のお店に向かう事にした。歩いていれば、時間は潰れる。これでまたビールが一段とおいしくなる準備でもある。
さらに進み、気が付けは街の雰囲気は異様になっている。外に立ち、道歩く人達に声をかけている人の容姿でここが、何丁目なのかがわかる。飲み屋街特有の臭いのようなものがないように感じ、なぜか清潔な匂いがする気がした。
何人かに声をかけられ、また腕もつかまれたが、どうにか通り過ぎて私は本日のお店の前についた。
「cafe NEXT」様は斬新だ。そしてここもオンラインのショップサーチに出てくる事のないお店である。
こういうお店を探して伺い、ダーツを投げるのが最近の趣味のようになっているが、特別な気持ちがして楽しい。
人生とは何かを語る「一匙のジェラート」
暑い日だったのもあり、ドアは開いていた。外観はガラス張りで店内がよく見える。一階の路面店で入りやすい。立て看板がひとつあり、メニュー内容が書かれている。ジェラート屋さんだと伺っていたが、大きいモニターではPDCの試合、ドアからまっすぐのところにD-1の懐かしい古い機種が見えて嬉しくなる。ちゃんとダーツ屋さんもやっているじゃないか。
中を覗けばなつかしい「社長」がいた。以前よりお世話になっている方のお店だった。初めてお会いした頃から少し時間が過ぎているからか、髪に白いものが少し多くなったかと思ったが、お顔は生き生きとして当時のままだった。
ご挨拶差し上げると、満面の笑みで答えてくださった。とにかく優しい人である。人生が道だとしたら、それはそれは険しい道だったと思うが、乗り越えたその人は、実際の体よりも大きく見えるものである。ただそこにいるだけで、人を安心させる人である。私はスピリチュアル関係は疎く、また得意ではないが、良く聞く「オーラ」なるものが存在するとしたら、おそらく社長のような人から出ている事だろうと思う。
「久々にダーツに関わっているから、最近の選手がわからない」と、社長はPDCの試合を一緒に見てくれていた。最近は動画サイトで直近行われている試合でも高画質で見る事が出来る。ダーツはやはりお好きなようで、カウンターの片隅にひっそりと三本置いてあった。お客様のいない時間などにたまに投げているのだろうなと思い、うれしく、微笑ましくもあった。
ビールをお願いした。この日の日中は季節外れの気温でビール以外の選択肢が考えられなかった。もちろんこちらはジェラートがオススメの店なのだが、なんとなく私は、飲んだ後のシメでジェラートを頂きたいと思い、最初はビールにしようと思った。
昨今お酒におけるトラブルなどが話題になる事が多いが、お酒が悪いのではない。お酒がその人の本性を現すからである。私自身もお酒にまつわるトラブルは多い。飲み過ぎは良くない。やはりバーで軽く飲むくらいが一番スマートな嗜み方なのだろうなと思うが、私の本性がそうさせてくれないのだろう。そんな中、私の数少ない友人が集まってくる。皆ビールを頼み、乾杯した。
ダーツスポットでは「投げなければならない」という義務はない。友人達は、リーグや普段のダーツで一緒に投げる機会があったり、ともに行動することになる事が多い人達なので、ダーツの試合を見ながら、思い出話やダーツの理論的な話で盛り上がる。投げるばかりがダーツバーでのダーツではないと思う事もある。ダーツを語るという楽しみ方は、それこそ最近わかってきた楽しみ方でもある。
投げるか、と自然にダーツをすることもあるだろう。我々もそうだった。我々は上手いわけではないが、ダーツが好きな事に変わりなく、それが共通で仲良くなっている事もある。そんな仲間内で投げているとやはりこうなる。
……おなかがすいてきた。
つまみでハーブチキンロールをお願いした。しっかり低温調理されているチキンはまったく臭みもなく、またやわらかい。ほのかにハーブが香り、お酒を進めてくれる。ハニーマスタードやサルサソースはお好みで使う事が出来るが、個人的にはそのまま食べてもおいしいと思う。オシャレなバーのちょっとしたおつまみである。
ダーツプレイヤーにとって最高の時間の一つが、なによりダーツを語らう時間でもあるだろう。ダーツが大好きなおじさんたちが集まって会話しているのだが、なんだか学生時代に戻ったような気分になり、その話に入ってきたり、微笑んでいたりする社長が、部活の顧問の先生のような感じがしてくる。
そんな社長が我々にサービスだと、ジェラートをクラッカーに載せてくれた。お店に入る前から、噂やネットを見ていて食べたかったピスタチオ味と、ゴルゴンゾーラのジェラートだった。我々は仲良く分け合って食べた。私だけ二枚、二種類食べる事ができた。ピスタチオのジェラートのコクがすごく、たった一口なのに眼球の後ろ側までピスタチオが詰まってしまったかのように、香りが爆発した。その後からクラッカーの塩気が追いかけるようにやってきて、ジェラートの甘さを引き立ててくれる。ジェラートを、ただのイタリアのアイスだと思っていた私が間違っていた。素材の味を拡張し、時にデフォルメしてくれる料理なのである。
ゴルゴンゾーラのジェラートは、おつまみになる。塩気が調度よくビールを進めてくれる。ビールでジェラートを食べるなんて、私はどうかしてしまったのかもしれない。しかし、あうのである。本当によく合うジェラートだった。
ジェラートは、濁って淀んだ脳内をすっきりしてくれる。脳が必要とするエネルギーの糖も、脳のしわ一本一本を伝って広がって行くようである。これから暑くなるだろう。暑さで朦朧とした脳を復活させるにはやはりジェラートである。
元来、酒飲みのせいか、あまり甘いものや、デザートを頂くことは少ない。しかし先ほどの衝撃に耐えかねて、私は「最強ピスタチオ」を頼んだ。あの濃厚なコクと香りがどうしても忘れられなかったのだ。
何度食べてもおいしい。濃厚であるのに飽きがこない。永遠と食べられてしまいそうな恐怖にさえ駆られる。
ミルクやイチゴなど様々なジェラートの用意があるのだが、社長が味見してみろと一匙渡してくれたフレイバーが衝撃的だった。
……唐辛子である。甘くておいしいのに、唐辛子をかじったかのような刺激がある。辛くて甘いという相反するように思える味が、口の中で共存する。お互いがお互いを高め合うようなセッションが繰り広げられる。癖になってしまいそうな味だった。
時間も忘れ、我々は社長との再会を楽しんだ。独特で斬新なジェラートとダーツ。そしてお酒。なんでもある街、新宿においてこれほどの個性が他にあっただろうか。翌日も仕事だというのに、我々は次々と杯を空にしていく。たまにダーツを投げ、ダーツについて語り合い素晴らしい時間を過ごす事が出来た。
帰りの際には「こんなに飲んだのか!!」と社長も驚くほどの杯数ビールを飲んでいた。ダーツで知り合う人たちは大半が愉快な人たちだ。ダーツがなければこんなに楽しい人達に出会う事もなかっただろう。太古昔にダーツを発明したとされる兵士達に私は感謝した。
ダーツバーでしか、知り合う事が出来ない人や感じる事が出来ない時間がある。勇気を出して扉を開いてみてほしい。きっとあなたの人生に大きく影響する何かが得られる事だろう。ダーツは生活に小さな夢や希望、人生に楽しい時間とサプライズを追加してくれる。
唐辛子のジェラートは、甘く楽しく、刺激的な味だった。
人生ってこういうものじゃないかなと、お店が、社長が一匙で教えてくれたのかもしれない。
Cafe NEXT
東京都新宿区新宿1-15-12 柳生ビル 101
03-5315-4219